(1) 真核生物の誕生の年代について
真核生物の誕生については、現在でも本文 p.44 に書いてある通りの 認識だ。真核生物の出現は 21 億年前くらいだろうと筆者は考えている。 そこに書いた通り、27 億年前くらいだろうという主張もあるだが、 その分子化石は信憑性に問題があると考えている。
(2) 光合成の誕生の年代について
筆者らは最新の研究で、36.7 億年前の微化石を発見した。 コマチアイトと酸性火山岩でできた巨大な海山の頂部で有光層(200 m 以浅)に 生息したと思われる微生物で、形態から2種類存在する。 炭素同位体のスポット分析によると、それぞれが固有の値を示す。 そのうちの体節様の構造をもつものはシアノバクテリアと考えてよい代謝反応の値 (-20 ‰)を示す。ただし、これはストロマトライトの構造は持たず、チャート中 に存在する微化石である。もう一つは炭素同位体比が -50 ‰ 程度で球核状である。 筆者は、とくにこの前者のものが最初のシアノバクテリアではないかと思っている。 そこで、光合成の誕生は 37 億年くらい前となる。
このことの傍証としては、以下のような鉄酸化物の堆積物の変化が挙げられる。 イスア(39 億年前)では、深海堆積物は全部磁鉄鉱で赤鉄鉱がゼロだ。 しかし 37-35 億年前になると約 20 %程度のチャートに赤鉄鉱が出現するように なる。それは、37 億年前くらいに何らかの酸素発生型生物が発生したからだと 考える。
27-28 億年前には、ストロマトライトの構造が世界中で一斉に発達する。 そして、直後にメタン酸化細菌が爆発的に出現する。 筆者は、37 億年くらい前に酸素発生が細々と始まり、それが 27-28 億年前に 爆発的に増大したと考えている。
本文では以下のように記した。
火星の日射量変動の振幅は地球のそれよりも相対的にずっと大きいと 予測されており, 二酸化炭素で出来た極冠の中にその記録が残されて いるのではないかと考えられている.これに関連して、最近になり以下の論文が出版されている。 火星のミランコビッチサイクル検証も精密科学の段階に近付きつつあることを 示す論文として、興味のある読者には一読を勧める。
脚注に於いては夏至の定義を以下のようにした。
夏至とは, 考えている半球から見て自転軸がもっとも太陽の方向に傾いた状態, より正確に 言えば, 軌道面の法線ベクトルと自転軸ベクトルを含む平面が太陽を含み, 且つ その半球にある極が逆の半球にある極よりも太陽に近付いた状態のことを指す. 地球上に居る人から見れば, 夏至はもちろん一年でもっとも日照時間の長い 日として観察される.これに関して、国立天文台位置天文天体力学研究系の相馬充氏より以下のような コメントが寄せられた。相馬氏に謝意を表しここに掲載する。
おそらく上の定義でほぼ正しく理解されるものと思いますが,極く厳密に 考えるとちょっと気になる点があります.少々細かい点になりますが, 以下にコメントします.
- 夏至は実際には太陽の視黄経で定義されていますので,座標系は 黄道(地球の軌道面の動きのうちの周期的な部分を除いた平均軌道面)に 基づいています.したがって,「(地球の)軌道面」は厳密には 「(地球の)平均軌道面」とすべきでしょう.
- 太陽の「視」黄経ですから,太陽の位置には(年周)光行差を含みます. 「平面が太陽を含み」の「太陽」は幾何学的なものでなくて, 光行差分ずらしたものと考える必要があります.
- 「ベクトル」という概念は向きと大きさを有し,位置には関係しない ものと理解しています(向きと大きさが等しければ位置が異なっても ベクトルとしては等しい).したがって,「2つのベクトルを含む平面」 という意味が定かではありません.「地球の中心を通って2つのベクトルに 平行な平面」とする必要があるように思います.
- 「日照時間」というと曇ってしまって太陽が見えない時間は含まないと 考えるのが普通です.したがって,「日照時間」ではなく「昼間の時間」 (日の出から日の入までの時間)とすべきでしょう.
- かなりまれではありますが,「夏至の日」と「昼間時間最長の日」が 1日異なるということは起こりえます.夏至の日の東京での太陽南中 時刻は11時42分ころです.夏至の時刻がもし23時59分というように, 当日の南中時刻より翌日の南中時刻に近いときは,翌日の方が昼間の 時間が長くなるはずです.
Atobe et al. (2002) の本論文がその後出版された。以下の通り。
Atobe, K., Ida, S. and Ito, T. (2004) Obliquity variations of terrestrial planets in habitable zone. Icarus, 168, 223-236.
質問は以下の通りである。
回答は以下の通りである。
前提として、地球科学は、決してきっちりすべてのことがらをおさえた 上で前進する学問ではないことをお断りしておきます。だいたいにおい ては、以下のような順番でものごとが進みます。 (1) 従来の考えでは説明できないような事実の発見 → (2) それを説明 するとりあえずの仮説の提案(この時点では、大きな誤りがないことが 確認されているだけで、決して確立されていません。また、宣伝のため、 誇大な表現がしばしば使われるので、専門外の人からしばしば誤解され ます)→ (3) 仮説の多角的な検証と精密化(これにはさまざまのこと が関連しますから膨大な時間と労力がかかります。その間にいつの間に か仮説が大きく変貌していることもあります。)
全球凍結仮説は (2) に相当するもので、(3) がようやく始まっているというのが 研究の現状です。御質問の件はだいたい (3) に属することでなので、はっきり まだわからないことが多いという段階です。
「あらゆる陸地」を厳密に取れば、それが氷床で覆われていたことの 直接的な証拠を見出だすことは不可能です。第一に当時の地層が残っている場所は、 地球上にそんなにたくさんありません。第二に、陸地では基本的には地層が 残りません(削られる方が多い)。第三に、氷河堆積物を出来る限り調べる ことになるのですが、氷河堆積物は氷河の末端とか海にたまるものであって、 氷河が上にあるというだけでは必ずしもたまりません。だから、言いうることは、 せいぜい、第0近似的には全球が氷で覆われていただろうという程度です。
自転軸傾斜角が大きかったという説は力学的に説明が困難な上、 低緯度氷床の存在以外の当時の地質記録を説明できず、しかも それ以前の約15億年にもわたる温暖環境とも矛盾するので、 この説を支持する理由は全くありません。本の 4.5.2 節から 4.5.3 節の 始めのあたりも御参照下さい。
地磁気極の方は、長い間磁極が自転軸から大きくずれていたとはダイナ モ作用の面では考えにくいと思います。ただ、そうでないという証明は できません。でも、1億年程度以降のもっと証拠がたくさんあるときに は、磁場の軸と自転軸とが大きくずれたことは(逆転の時の短い期間を 除けば)無いとは言えるので、昔も大きく違うとは考えにくいというこ とです。
御指摘の通り表面も全部凍ってしまうと光合成生物の問題が出てきます
(本の 4.5.5. 節)。そこで、研究の方向性としては、低緯度まで氷床があり、
かつ海も全部凍らないような解を探すという方に向かうのが自然で、
実際そういう研究があります。たとえば私が知っているもので、専門外
の方でも手に入りやすいものでは、
Hyde et al. (2000) Nature, vol.405, 425-429.
があります。これは、低緯度海域は凍結しないという準安定解が存在する
らしいことを示したものです。これについてはまだ論争中です。
微生物に関して詳しく言えば、まず、シアノバクテリアに関しては、 どのような極限環境の中でも生き延びることができただろう、と 多くの微生物学者が考えています。しかし、約6億年前以前に すでに誕生していた光合成藻類がこの時代の氷河期を生き延びることができた という事実については説明が困難で、これをもって古生物学者の一部は地球が 全球凍結したという主張には強く反対してます(低緯度海域が凍結しなかった とする上記の主張も,このことに基づいています)。これがスノーボールアース 仮説の最大の論点といえます。
ただし、本の 4.5.5 節で説明されているように、二酸化炭素が 0.1 気圧 程度たまるのには 100 万年くらいの時間が掛ります。
「組成対流」という単語は,ここでは化学組成が浮力に影響している という広い意味で用いた.しかし,この単語は意味が広すぎるので 適切でないかもしれない.小河自身は,マグマ生成に伴う組成変化が 原因であるという意味を強調するために「火成対流」という語を用いている (小河,1998).
生命は海底熱水系で誕生したと考えるのが有力だ (6.3 節参照)。 ところが熱水系というのは、熱水噴出孔から周囲の海水まで急激な 温度と化学成分の勾配があり、噴出孔に近づきすぎると熱にやられるし、 離れすぎるとエネルギーを利用できない。そうしてみると、そこに 住む生物には熱水噴出孔からの距離を知るセンサーが必要になるだろう。 現在熱水系に棲んでいる生物にもそういうセンサーを持ったものがいる。 さて、そのセンサーが熱による輻射を利用するものだとする。熱水の 温度が 500 K とすると、輻射は 10 μm くらいにピークを持つ赤外光になる。 ところが、水は 1 μm くらいより長波長の赤外光を強く吸収するので、 10 - 数 10 cm 程度噴出孔から離れると、850-900 nm くらいと 1000-1150 nm くらいの2箇所に輻射のピークが来ることになる。 ちょうどこれらは、それぞれバクテリオクロロフィル a と b の吸収帯 に一致する。そこで、Nisbet et al. は、熱水噴出孔からの距離を知るセンサー として、バクテリオクロロフィルが出来たのだと考えた。 その後、それらの生物が浅海に進出してきたときにだんたんと光合成の 能力を発達させてきたと考える。
酸素の同位体については、ふつう過去の気温推定に使えるとされるが、 精度の高い議論ができるのは第四紀に限られる。それ以前については、 温度推定ではなく、炭素のデータの信頼度のチェックとして使われている。 図 6.5.5 の場合、変動パタンが酸素と炭素で同じなので、 炭素同位体のデータが妥当なものであると判断される。
昨年秋のようにわずかな気候異常(晩夏・初秋の長雨)でも熊がエサにこまり、 一斉に里におりてたくさん射殺されました。恒温動物が長期のエサ不足に 耐えられるはずがないと思いますが・・・。
これまでの研究のほとんどは、基本的に天体衝突によって生じる 地球環境変動現象に関するもので、数多くの生物種が具体的にどのように 絶滅するかというものではありません。定量的な議論ができる 地球環境変動現象は研究対象となりますが、大量絶滅に関しては その結果に基づいた推論に過ぎないのです。現時点では、どのようにして 大量絶滅が起こったのか、何のコンセンサスもないといえます。
大量絶滅は計算やシミュレーションでその詳細が分かる問題ではありません。 ただ、それにもかかわらず、生態系の議論は非常に難しいので、 やはり生態系の数理モデルに頼らざるをえないのではないかと思われます。 御指摘はその通りで、恐竜は死んでも哺乳類や鳥類が生き延びる程度の条件が 得られる解を探すということだと思います。しかし、そのようなことに 答えられるようなシミュレーションはまだ難しくてできていません。
K/T境界問題に限らず、大量絶滅現象一般の解明は、今後の大きな研究課題といえます。
まず、このタイトルを引用した意図について、以前に別の場所 *1)で書いたことを引用しておく。
「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか、」 というのはフランスの画家、ゴーギャンがタヒチ島で描いた絵 (1897) の タイトルである (図3)。これは自殺を覚悟したゴーギャンという偉大な 芸術家の感性で表現した遺言であり、科学者に投げた論理的な問いではないだろう。 しかし、それをわれわれへの究極の問いと見て、それに科学として答えてみよう ではないか。
脚注の最後に書いた通り、このような問いは非常に昔からあるのだろうと 私たちは考えている。ただ、私たちは思想史は専門ではないので、その起源は わからない。しかし、これに関連して、次の情報がある。 教えて!goo 質問 No.161916によると、この問いはキリスト教の グノーシス時代に普及していたものだそうだ。さまざまな師が解答を 考えたのだが、それを公にはせず秘匿したということだ。 ただし、この情報の信憑性は私たちにはわからない。
ゴーギャン自身は、このタイトルをフランスの小説家 Balzac の 「セラフィタ」 もしくはイギリスの評論家 Thomas Carlyle の 「衣装哲学」から 引用したとされているようだ*2)。 前者では、両性具有の天使セラフィタが次のように言う場面がある(太字は私たちが付けたもの)。
Canst thou comprehend, through this thought made visible, the destiny of humanity?--whence it came, whither to goeth?後者では、Chapter 8 に次の一節が確認できる(太字は私たちが付けたもの)。
Who am I; what is this ME? A Voice, a Motion, an Appearance;--some embodied, visualized Idea in the Eternal Mind? Cogito, ergo sum. Alas, poor Cogitator, this takes us but a little way. Sure enough, I am; and lately was not: but Whence? How? Whereto?
これに関連して Quo vadis? ということばが関連するのではないかという 指摘もあったので、それに関することがらもまとめておく。
シモン・ぺテロがイエスに言った。「主よ、どこへ行かれるのです か?」イエスは答えた。「私が行くところに、あなたは今はついて くることができません。しかし後にはついてくることになります。」となっている。その他にも何箇所かある。
ローマ皇帝による迫害で、ぺテロがローマを去ろうとしたとき、 門のところでローマへ向かう死んだはずのイエスに出会う。 ぺテロが「どこへ行かれるのですか?」と聞くと、イエスは「もう一度、 十字架刑に処せられるために」と答える。そこで、ぺテロは自らの 運命を悟り、またローマへ引き返す。