書評

本書は以下のような書評を頂戴しました(敬称略)。 このうち以下のものを評者および出版社の双方の許可を得て転載しています。
「科学」 Vol.73, No.3 (2003)

平 朝彦(たいら・あさひこ;海洋科学技術センター地球深部探査センター)

1980年代後半,地球科学は大きな転換期を迎えつつあった.1960〜70年代に人々を 熱狂させたプレートテクトニクスは,もはや隅々まで浸透し,地球科学の多くの分 野は成熟期に入っていたからである.人々は次なるパラダイムあるいは重要課題は 何なのか模索を始めていた.その頃,地球科学の各分野では革新的な技術の発展が 着実に進行していた.地震波トモグラフィー,地球化学的な高精度分析技術,遺伝 子解析の化石への応用,GPS測地観測,海底の探査技術などが急速に発展しつつあっ た.この動きを俯瞰的に眺めていた人々の間から,これらを総合すれば新しい科学 が創成できるとの考えが生まれたのは自然なことであった.しかし,単に総合化や 分野間の交流といっても,共通テーマがなければ,成果は生まれない.1990年初頭 には,何をテーマとして総合化をやるのか,ということが知恵の出しどころとなっ ていた.

この時期に,地球の歴史を総合的に理解しようとするプロジェクトが立ち上がった. そのときに中心的な役割を果たしたのが,熊澤峰夫,丸山茂徳,川上紳一らの各氏 であった.彼らは極めて個性的な研究者の集団であった.何回ものブレインストー ミング的な集会が開催され,その中で,熊澤,丸山氏などと若手の激しい討論がな され,問題の洗い出しや焦点の整理,計画の具体的な企画が立案されていった.そ の中から,さまざまなプロパガンダ的,しかし,内容を鮮明に表現する用語が生ま れていった.「全地球史解読」「仮説ころがし」「不純異分野交流」「プルームテ クトニクス」「プルームの冬」などなど.

私自身は,このプロジェクトが醸し出す科学運動的な雰囲気に違和感を抱いていた こともあって,距離を置いた付き合いをすることに決めた.同時にこのプロジェク トの持つ底知れぬエネルギーに畏怖の念さえ感じていた.当時,私と同じような気 持ちを持っていた人が多数いたことも確かである.

「全地球史解読」は1995年から1998年の間,文部省科学研究費重点領域研究として 行われた.その成果をまとめたのが,本書である.私はこの本を,全地球史解読プ ロジェクトとは何だったのか,今後にどのようにつながるのか,そして,この本自 体はどのように評価すべきなのか,自分自身の気持ちの整理も付けようと思いなが ら読んでいった.

まず,この本の評価から述べてみよう.この本は全体が7つの章から構成されてい る.第1章では,解読の考え方が取り上げられている.1.2に地球史概説(地球史 7大事件)が述べられており,読者には,これらの事件をさまざまな手法で検証し てゆくのが,後に続く章の内容であるとの期待を抱かせる.しかし,必ずしもそう でないのでややとまどってしまう.第2章で方法が述べられているが,具体的にこ れらの手法がプロジェクトでどう役立ったのかの記載が希薄であるのが残念である. 第3章に太陽-月-地球系と地球史が述べられており,地球の力学的偏平率に基づい た「時間軸」の応用の可能性が記述されており,オリジナリティーを持つなかなか の力作である.第4章で地球環境が取り上げられるが,良いレビューとなっている. 第5章の地球深部ダイナミックスはやや核(コア)に記述の比重が重く,地球史を 通じたマントルの挙動についての記述が不足である.第6章で生命と地球の共進化 も良いレビューである.このプロジェクトの目玉の一つである古生代-中生代の超 酸素欠乏事件についても,総合的な解読はまだ不十分なことがわかる.第7章に地 球史における人類の位置付けと未来へのメッセージが述べられている.ここには熊 澤節とも呼ぶべき氏の独特の語りが展開されている.この章が全体のまとめになっ ているかどうかやや疑問であるが,読み物としては楽しめる部分である.

本書により私は初めて「全地球史解読」の全容について俯瞰することができた.ま た,この本にはプロジェクトの研究成果だけではなく,「不純異分野交流」の勉強 の成果が色濃く反映されている.その意味では,各所に執筆者の特色を生かしたレ ビューがちりばめられており,そこには問題の論点がしばしば鮮明に指摘されてい る.また,囲み記事(コラム)もとても有用でありまた面白い.本書によって私は たくさんのことを学ぶことができた.幾つかの不満はあるものの,この本は地球史 研究の方法を学び,これからの課題を考え,また,地球科学の広い分野への興味を 広げることに大いに役立つ大変良い本である.異なる執筆者の原稿を一貫した流れ にしようとした伊藤,吉田氏のなみなみならぬ努力が充分に報われており,編者に 深い敬意を払いたいと思う.

さて,この本の基となった「全地球史解読」プロジェクト自体について考えてみた い.「全地球史解読」プロジェクトの具体的な科学的成果として何が最も重要なの であろうか.残念ながら,本書を読んでも,発表された論文を読んでも,その点が 見えてこない.熊澤氏は,本書表1.1で古文書資料の解読になぞられて地球史解読 は,試料探索,記載,内容解読,意味解読の要領で行うと解説している.それでは, 例えば,本書に丸山氏が記している地球史7大事件のうちから,新しい手法を導入 した記載を行い,異分野と交流して総合化を行いながら,地球全体の視点で,「科 学的」(熊澤氏によれば最も辻褄の合うストーリーの展開)に解読に成功したもの が一つでもあるだろうか.残念ながら,さまざまなデータを駆使し,畳み掛けるよ うに証拠をあげて,辻褄の良く合った壮大なストーリーを展開し,その先には自然 に関する新しい見方が見えている,というような地球史解読の醍醐味を具体的課題 で提供するまでには至らなかった.その意味で,本書もまた,「教科書」的色彩が 強いのである.

結論としては,本プロジェクトは「全地球史解読準備」で終わったといわざるを得 ない.人々はいうであろう.「全地球史解読などという大それた計画は時間がかか る.それゆえ,準備段階で終わったのは,良くやったというべきで,当然ではない か」と.そうかもしれない.しかし,私は,このプロジェクトに関わった人たちは, 異分野交流によって,従来とは異なる新しい科学を創成するという意気込みとプラ イドがあったと思う.具体的事例を出しえなかったことについては,彼ら自身が誰 よりも残念に思っていると考える. 今,ここにあるのは,プロジェクトの発掘し た膨大な課題と発展途中の技法そして試料である.次世代の研究者には,これを引 き継ぎ,さらに発展させる必要がある.しかし,それは初代をなぞった第2次「全 地球史解読」プロジェクトではあり得ないだろう.熊澤氏のような希有なリーダー はもう現れないと思うからである.世界的に見ても,「全地球史解読」は実にユニー クで,かつ,記念碑的なプロジェクトであったと思う.これを過去のものにしない ことこそが,今,地球科学に問われている最大の課題の一つなのかもしれない.

この書評を書きながら,地球史の解明は,科学の中でも最もエキサイティングな分 野の一つであることを,今さらながらに痛感した次第である.


「日経サイエンス」2003年3月号

専門領域を超え新しい地球史に読者をいざなう

林 衛(はやし・まもる:科学ジャーナリスト/NPO理科カリキュラムを考える会理事)

1980年代の終わり、日本の地球科学に大きな変化があった。60年代後半以降の「プ レートテクトニクス革命」を超える新たな研究パラダイムの確立をめざし、日本列 島へのローカルな関心からやや離れ、惑星地球の歴史とダイナミクスの解明をグロー バルに進める研究が強力に推進された。1995年度から98年度に実施された研究計画 「全地球史解読」(科学研究費重点領域)は、その大きな折り返し点となった。以 来8年間にもたらされた新しい成果を中心にまとめられたのが、550ページを超える 本書だ。

執筆陣には、地質学者や地球物理学者だけでなく、微生物生態学をはじめとする生 物学者もいる。こうした専門領域を超えた議論と知識の共有は“不純異分野交流” と呼ばれている。その成果もあって、中身は高度だが,記述はていねいで、門外漢 をはねつけるようなものではない。さまざまな分野の学生や研究者が,本書を通読 することで、専門領域を超え、研究手法と現段階の仮説の意味とその限界を理解で きるようになっている。“不純異分野交流”の醍醐味を味わいつつ、地球史研究の 最前線を楽しんでもらいたい。

では、「全地球史解読」とは、いったい何か。一言で言えば、地球あるいは宇宙誕 生に起源する地球システムの変動史を、定性的なテクトニクスのレベルの理解から、 より詳細でかつ定量的なダイナミクスのレベルの理解に書き上げていくことだとい える。

しかもその作業は、私たちが生活する地球表層の気候や大陸、海洋の歴史(第4章) にとどまるものではない。地球の中心に鉄が集まり地球磁場を生み出している核と、 地球体積の大部分を占め1億年スケールで深さ数百qから3000qに及ぶ対流を起こし 大陸の成長・移動・離合・集散の原動力となってきたマントルの歴史(第5章)。二 酸化炭素や酸素の消費、生産を通して固体地球と共進化を繰り広げてきた生き物の 歴史(第6章)。さらには、地球−月系の進化といった宇宙環境が地球表層や深部に 与える影響の歴史(第3章)。これらすべてのつながりを、野外調査で得られる物的 証拠とダイナミクスに基づいて、統一的に理解しようという挑戦がなされている。

小惑星衝突による恐竜絶滅は中生代と新生代を分けるイベントとしてよく知られて いるが、これを上回る巨大絶滅をもたらしたという古生代/中生代境界の「プルー ムの冬」や、6億年前の大型動物の誕生に先駆けて地球全体が凍りついたとされる 「スノーボールアース仮説」なども研究ターゲットだ。

このような科学研究には技術とその応用が不可欠だ。世界にはいろいろな時代に形 成されたさまざまな岩石がある。世界各地の優れたフィールドから岩石標本を連続 的に地層から集めてくるのは、地層がテープのようにその時代の地球の変遷を記録 しているからだ。そういったサンプルをセットしておけば自動的に大量のデータを 叩き出してくれる「5時からマシーン」など、化学組成や年代を測定するために開発 した分析装置も解説される(第2章)。

科学は人を育てる。研究計画が企画されたころ研究生活を始めた学生・院生が、解 読の先頭に立ち成果を上げ、一線の研究者となり、編者や執筆者となっている。研 究計画のリーダー格だった熊澤峰夫氏、丸山茂徳氏は1章と最終章に登場するだけで、 中身を固めるのが若手・中堅の研究者であることも、本書にイキのよさをもたらし ている。

「地球史7大事件」の最終事件で誕生した人類の近未来に貢献する、新しい地球史へ の期待感が高まっている。